奥の宮八社 七番社 水神社

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水神社のご紹介

人々の水に対する思いや信仰が水神社に込められています。

宮地嶽周辺には大河がありません。それは神の恵み”雨”が地下水となり、地下に大きな埋蔵水として流れているのです。 そこでここは龍神様が差配され水枯れもする事無く今日でも水がコンコンと湧きます。

かつて宮地嶽周辺の農家では村民はお互いに助け合い、11才以上の村民総出で溜池(林口池)を造って水不足の解消に努め、年貢米はいつも一番に納めていました。そのため、天明5年(1785)の大飢饉のときも、宮司村だけは年貢米の返上を願い出ず完納し、時の藩主が宮司村を他藩の模範として表彰し、寛政2年(1790)褒美として米六百俵を贈ったという歴史があります。このように水を大切にしてきた宮地村の人々の水に対する思いや信仰が水神社に込められています。

水神社だより


おいしそうだなぁ。それにしてもクチャクチャ音をたてて..。
すみません。宮ZOO担当ではないのですが、つい癒されまして..。

2010年8月17日

海人族と水神様

さて、宮地嶽の参道の先、宮地浜の向こうに見える相島。
さらにその先は、壱岐、対馬、韓国へと続きます。

この相島は玄武岩が海蝕されて、独特の風景を作っています。
朝鮮通信使として来日したシンユハンが「海遊録」に「余が航海して以来初めて見る神仙境なり」
と記しているような神秘的な島です。

相島の北東、長井浜に「積石塚」があります。
4~6世紀の伽耶系の土器も出土しており、海人族との関係がうかがえる遺跡です。
島には巨岩もごろごろしており八大龍王石神として祀られている巨岩、龍王石もあります。
宮地嶽の奧の宮にある横穴古墳の巨石群を思い起こします。

この海人族は、遙か古代に宮地嶽を聖地としていたと言われています。
相島と宮地嶽は晴れていれば小舟でわたれるような距離ですから、
関係も深かったのでしょう。

海人族の聖地に水神様。何か繋がりを感じませんか?

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2010年8月13日

鳥居越しの海

さて、水神社は文字通り水の神様を祀っています。

宮地嶽で水といえば、ここ水神社から湧き出る水、そして、敷地内にある禊池。
それからなんといっても参道をまっすぐいくとつきあたる海!

晴れた日には、鳥居越しに、海にむかって延びる参道、そしてその向こうに玄海灘、
さらに向こうには相島(あいのしま)が見えます。

※写真は良く晴れた日に私が撮影したお気に入りの一枚です。

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2010年8月10日

はじめまして!

このページは水神様にご奉仕しています私が担当します。
水神社は、奧の宮八社の中でも、特に小さな小さなお社ですから、
他の大きなお社に負けないようにがんばりたいと思います。

さて、私は宮地嶽の東京における広報窓口も兼ねていますから、宮地嶽と東京をいったりきたりしています!
ということで、宮地嶽と東京の2カ所から更新していきますのでよろしくお願いします!

なお、神社に関していろいろ質問があったらお気軽にメールをください。
アドレスは、ryujin-miyajidake@gmail.com です。

※写真は、soraさん撮影、朝の宮地浜です。

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