奥の宮八社 七番社 水神社

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水神社のご紹介

人々の水に対する思いや信仰が水神社に込められています。

宮地嶽周辺には大河がありません。それは神の恵み”雨”が地下水となり、地下に大きな埋蔵水として流れているのです。 そこでここは龍神様が差配され水枯れもする事無く今日でも水がコンコンと湧きます。

かつて宮地嶽周辺の農家では村民はお互いに助け合い、11才以上の村民総出で溜池(林口池)を造って水不足の解消に努め、年貢米はいつも一番に納めていました。そのため、天明5年(1785)の大飢饉のときも、宮司村だけは年貢米の返上を願い出ず完納し、時の藩主が宮司村を他藩の模範として表彰し、寛政2年(1790)褒美として米六百俵を贈ったという歴史があります。このように水を大切にしてきた宮地村の人々の水に対する思いや信仰が水神社に込められています。

水神社だより

宮司からの解答

これは昭和初期の絵葉書かな?

しかし、貴君は未だ若いのでその頃の宮地嶽神社は解らないでしょう! ...と言っても、実は私も生まれる前だから解らないけど...

でも、子供の頃はこの"ミニ矛"が本殿床下に沢山奉納してありました。

と言うのも、当社に参拝された方々はこの矛を購入され、お願い事と氏名を記入され神様に願をかけられていました。

宮地嶽が祀られたには今から1600年程前、当時の武器は太刀(太刀)に矛(ほこ)それらは命に次ぐ大切なものとして武人に崇めれていました。 そんな所から大切な物を神様に奉納し願いを叶えてもらう信仰が出来、以来神社には沢山の太刀や矛が奉納されています。時代が下り近世に成ると矛をモチーフした物をお供えしお願い事をするようになったのです。

そんな信仰形態が、昭和50年代まで続きましたが、今では矛は参拝の方々がお持ちに成る信仰より、当社で授与するのみとなりました。

 

貴君も承知の拝殿に大きな矛が掛かってますが、それらが茲に言う信仰です。