奥の宮八社 七番社 水神社

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水神社のご紹介

人々の水に対する思いや信仰が水神社に込められています。

宮地嶽周辺には大河がありません。それは神の恵み”雨”が地下水となり、地下に大きな埋蔵水として流れているのです。 そこでここは龍神様が差配され水枯れもする事無く今日でも水がコンコンと湧きます。

かつて宮地嶽周辺の農家では村民はお互いに助け合い、11才以上の村民総出で溜池(林口池)を造って水不足の解消に努め、年貢米はいつも一番に納めていました。そのため、天明5年(1785)の大飢饉のときも、宮司村だけは年貢米の返上を願い出ず完納し、時の藩主が宮司村を他藩の模範として表彰し、寛政2年(1790)褒美として米六百俵を贈ったという歴史があります。このように水を大切にしてきた宮地村の人々の水に対する思いや信仰が水神社に込められています。

水神社だより

2010年12月アーカイブ

2010年12月24日

水神信仰について

みなさんは、天つ罪(天津罪)というのを聞いたことがありますか?

古代の日本でもっとも重い罪とされていたと言われており、

『古事記』や『日本書紀』に記されているスサノオ命が高天原で犯した行為に由来するという説があります。

主に八つの罪が知られていますが、例えば、

畔放(あはなち) ・・田の水を、畔を壊して流出させ、水田灌漑を妨害する行為

溝埋(みぞうめ) - 田に水を引くための溝を埋めて水を引けなくする行為

樋放(ひはなち) - 田に水を引くための管を破壊して水を引けないようにする

などがあります。

 

自然の恵みを社会全体で大切に維持しながら、その実りを生活の糧としてきた日本人にとって

村やクニ全体のしくみを壊すような行為が最も厳しく断罪されていたことがわかります。

そして、その社会の根幹を脅かす罪のうちの多くが"水"に関する罪だったのです。

それだけ大切な水ですから、

全国のどこにでも、水神を祀った神社があることも納得できますね。

 

さて、私は先日関東の鹿島神宮に出張にいってきました。

(神社界にも出張があるんです!)

写真は、鹿島神宮の境内にある御手洗池です。

御手洗池の水は、神代(しんだい)より枯 れることなかったといわれており、

今でも懇々と水が満ちています。

かつては、鹿島神宮にお参りする神職も、参拝者も、この水の中に入って体を浄めたと

言われています。実際、泉の中に入る階段がありました。

なんとなく、水信仰のはじまりに触れた思いになりました。

そして、どこの神社にもある手水舎のルーツを見たようでした。

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